日本の走りの歴史
峠文化と市民モータースポーツの通史
日本で「走ること」を楽しんできた人たちは、どこを走り、何に熱中し、どこで折り合いをつけてきたのか。サーキットが生まれた戦後から、峠に人が集まった時代、そして誰でも参加できる競技が整った現在までを、出典をたどれる事実だけで追いかけます。
このページの編集方針
走りの歴史には、公道での危険な運転という影の部分が含まれます。GTGO はその事実を省きませんが、称えもしません。次の 5 つの方針で書いています。
- 公道での違法な走行を、憧れとして描かない。起きたこと(取り締まり・規制・事故)は史実として書く。
- 速さそのものを価値として書かない。主語にするのは、起伏・コーナー・その先に開ける景色といった「道の性格」。
- 通史の着地点は「安全に走りを楽しむ選択肢」。クローズドコースと公認競技という受け皿が整ってきたことを終点に置く。
- 裏の取れない記述は書かない。出典に当たれなかった逸話は、推測で埋めずに落とす。
- 年号と固有名詞は、公的機関・メーカー公式史・団体公式で確認できたものだけを載せる。
戦後モータリゼーションと日本グランプリ
1960 年代
日本で「走ること」がスポーツとして成立したのは、走る場所ができてからでした。1962 年 9 月、鈴鹿サーキットが完成します。翌 1963 年 5 月には、ここで第 1 回日本グランプリ自動車レースが開催されました。
同じ 1963 年の 7 月には、名神高速道路の栗東〜尼崎間が日本初の都市間高速道路として開通しています。1965 年 12 月には富士スピードウェイが竣工し、翌 1966 年 1 月に営業を開始、同年 5 月には第 3 回日本グランプリの舞台となりました。1970 年には筑波サーキットが開設されます。走るための場所は、競技のための場所から順に増えていきました。
その隣で、クルマは一部の人のものから家庭のものへと変わっていきます。1966 年にはトヨタ・カローラが登場し、同じ年の 4 月にはダットサン・サニーが発売されました。日常の足としてのクルマと、走ることを目的にした場所が、ほぼ同時に立ち上がったこと。これがその後の日本の「走り」の前提になります。
峠・ワインディング文化の成立と実像
1970 年代〜1990 年代
1980 年代前半、運転そのものを面白がるための国産車が相次いで登場しました。1983 年 5 月にトヨタ・カローラレビン/スプリンタートレノ(AE86)、同年 7 月にホンダ・バラードスポーツ CR-X、同年 8 月に日産・シルビア(S12 型)。運転を楽しむための選択肢が続けて現れた時期です。
こうしたクルマの一部は、山岳路へ向かいました。警察庁『警察白書』(平成 17 年版)は、集団で危険な走行を行う類型として「山岳道路等で運転技術を競う『ローリング族』」を挙げています。峠は、憧れとともに語られる一方で、取り締まりの対象として公的な記録に残ってきた場所でもありました。
規制も実際に行われてきました。神奈川県では「神奈川県暴走族等の追放の促進に関する条例」(2004 年 4 月 1 日施行)に基づき、箱根地区の国道 1 号と県道湯本元箱根線を含む区域が「暴走行為助長禁止重点区域」に指定されています。二輪車に限って通行が規制されている区間も、全国に約 500 か所あります。複数台で著しく交通の危険を生じさせる行為は道路交通法第 68 条の共同危険行為等の禁止にあたり、違反点数は 25 点、運転免許の取消しと 2 年の欠格期間が伴います。
峠を舞台にした物語が広く知られるようになったのは、この時代の後半です。しげの秀一『頭文字D』は 1995 年に講談社『週刊ヤングマガジン』で連載が始まりました。フィクションを通じて峠の風景は共有されましたが、実際の公道は、競うための場所としては初めから用意されていません。
一般参加型モータースポーツ
1960 年代〜現在
競うための場所は、別に用意されてきました。1963 年 2 月に設立された JAF(日本自動車連盟)は、FIA(国際自動車連盟)公認の日本の統轄団体(ASN)として国内のモータースポーツを統轄しています。二輪については、1961 年設立の MFJ(日本モーターサイクルスポーツ協会)が別に担っています。
JAF の公認競技には、舗装路にパイロンで設定したコースを 1 台ずつ走るジムカーナ、その未舗装路版であるダートトライアル、ドライバーとナビゲーターの 2 名で臨むラリーなどがあります。ジムカーナとダートトライアルは、全日本選手権を頂点に、全国 8 地域の地方選手権、さらにクラブ主催のローカルシリーズという裾野を持つ階層構造です。
入口は、思われているよりも広く開いています。国内 B ライセンスの取得条件は、普通自動車以上の運転免許を持つ 18 歳以上であることと、JAF の個人会員であること。受講料は教材費込みで 5,000〜6,000 円程度、オンライン講習会の所要時間は約 90 分です。競技ライセンスが無くても、「運転の正確さ」を競うオートテストにはマイカーでそのまま参加でき、出場すれば国内 B ライセンスを申請できる資格が得られます。JAF の統計では、四輪の競技運転者許可証の発給数は 2025 年度で 45,808 件でした。
サーキットにも一般向けの枠があります。富士スピードウェイは講習の受講で取得できるドライビングライセンスを、筑波サーキットは走行するコースと車両に応じた 3 種類の会員ライセンスを用意し、鈴鹿サーキットは各種の走行会を案内しています。
現在の楽しみ方
2000 年代〜
いま、走ることの楽しみ方は分かれています。タイムを競いたいなら、ライセンスと公認競技、あるいはサーキットの走行枠という受け皿があります。一方で公道は、移動のための場所であって、競うための場所ではありません。この線引きは、半世紀をかけて置かれてきたものです。
では、公道に残る楽しみは何か。起伏があり、コーナーが続き、その先に景色が開ける——道そのものの性格を味わうことです。同じ目的地でも、どの道を通るかで一日はまったく違うものになります。長いあいだ、この「どう走るか」は、走り慣れた人の頭の中にしかありませんでした。
GTGO は、その部分を地図に載せるために作っています。高低差・コーナー・幅員から道の性格を数値化した GT スコアで走る価値のある道を可視化し、走った道を静かに記録する。競うためではなく、道を味わうために。
出典
このページの年号と固有名詞は、以下の公的機関・企業公式史・団体公式の資料で確認できたものだけを記載しています。出典に当たれなかった逸話は掲載していません。
- 本田技研工業『Honda 75年史 第5章「鈴鹿サーキット」』 global.honda
- ホンダモビリティランド『会社沿革』 www.honda-ml.co.jp
- トヨタ自動車『企業情報「富士スピードウェイ」』 global.toyota
- トヨタ自動車『カローラ 50th ヒストリー 第1世代』 global.toyota
- 日産自動車『NISSAN HERITAGE COLLECTION ダットサン・サニー』 www.nissan.co.jp
- 国立国会図書館『レファレンス協同データベース「名神高速道路の開通」』 crd.ndl.go.jp
- 筑波サーキット(日本オートスポーツセンター)『施設概要』 www.tsukuba-circuit.jp
- トヨタ自動車(GAZOO)『名車館 カローラレビン/スプリンタートレノ(AE86)』 gazoo.com
- 本田技研工業『ニュースリリース「バラードスポーツ CR-X」(1983年)』 global.honda
- 日産自動車『NISSAN HERITAGE COLLECTION シルビア(S12型)』 www.nissan.co.jp
- 警察庁『警察白書 平成17年版(2005年)』 www.npa.go.jp
- 警視庁『交通違反の点数一覧表』 www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp
- 神奈川県警察『暴走行為助長禁止重点区域』 www.police.pref.kanagawa.jp
- 大阪府警察『暴走族「厳しい罰則」(共同危険行為等の禁止)』 www.police.pref.osaka.lg.jp
- 日本二輪車普及安全協会『二輪車通行規制区間情報』 www.jmpsa.or.jp
- 講談社『しげの秀一『頭文字D』第1巻(1995年)』 www.kodansha.co.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『企業概要』 jaf.or.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『JAFモータースポーツ「JAFについて」』 motorsports.jaf.or.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『JAFモータースポーツ「オートテスト」』 motorsports.jaf.or.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『JAFモータースポーツ「ジムカーナ」入門講座』 motorsports.jaf.or.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『JAFモータースポーツ「ダートトライアル」入門講座』 motorsports.jaf.or.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『JAFモータースポーツ「ラリー」入門講座』 motorsports.jaf.or.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『JAFモータースポーツ「国内Bライセンス」』 motorsports.jaf.or.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『JAFモータースポーツ統計(四輪)2025年度』 motorsports.jaf.or.jp
- 日本自動車連盟(JAF)『JAFモータースポーツ「国内Bライセンス オンライン講習会」』 motorsports.jaf.or.jp
- 富士スピードウェイ『スポーツ走行・ライセンス』 www.fsw.tv
- 筑波サーキット『ライセンス制度』 www.tsukuba-circuit.jp
- 鈴鹿サーキット『各種走行会のご案内』 www.suzukacircuit.jp
- 日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)『当協会について』 www.mfj.or.jp
最終更新: 2026-09-15